2015-02-27(Fri)

教育課程と関連がない!

我が子が通う小学校の学習内容が変わるとの事。有名な美馬牛小学校のお話です。

その中で、小規模校ならではの素晴らしい行事がありました

これまで実施していた「夏休み学習発表会」「朗読集会」「マラソン記録会」「もちつき集会」「なわとび集会」「冬休み学習発表会」が~~~・・・



初めは「なんて行事の多い学校なんだろう」と、ちょっと嫌々気味でした。

でも子どもたちの様子を見ていると、この行事が子どもたちにも必要で、地域と学校と人々が結びつくためにも必要な事なんだとわかりました


そんな素晴らしいこれら上記の行事が無くなるぞ!と、今週の授業参観後の懇談会で校長と教頭から話があった

その理由は、教科書のページ数が増えるのに、授業時間(日数)が減る事で、行事に充てる時間が無くなるという事が一つ

最大の理由は、「教育課程との関連が無い」との学校側の爆弾宣言!!!です

本当に教育課程と関連が無いのでしょうか?

「夏休み学習発表会」」「冬休み学習発表会」・・・夏休み(冬休み)に子どもたちが調べたり作ったものを、父母を含めたみんなの前で発表するもの。何故調べたり作ったりしたのか、やった結果はどうだったか、苦労した所はどんな所か、聞き手側も発表者に対して疑問に思った事を聞いたり素晴らしい所を褒めたりして、結果だけでは見えない部分までみんなで話が出来る発表会なのだ。

「朗読集会」・・・全校生徒と父母・教師の前で朗読するものだ。これも夏休み学習発表会のようで、自分たちが選んだものを暗記して、発表して、感想などを伝えるもの。低学年から高学年までの発表なので、低学年から見たら「先輩って凄いなぁ」だとか、本からは読み取れない肉声の心への響きも感じる事が出来る。

「マラソン記録会」・・・各学年ごとに決められた距離を走っていたのだけど、今年度からは「心肺停止・突然死」予防の為に距離では無くて時間に変更になってしまった。各学年で走って、順位を競ったり、年を追うごとにどんどん速く走れるようになって成長が見える記録会だったのにね。父母が見ていることもあって頑張る子が多いのだけど、普段以上に力を出していたなんて先生から聞くと嬉しくなります。突然死を考えるのなら、よほど危険な運動会なんて止めてしまえばいいのにと思うが、上っ面だけのちぐはぐな対応に、一父母として苛立ちを感じている。

「もちつき集会」・・・食育。食べ物はこうして作られているだとか、感じる所は多いはず。もちをつく時、誰も掛け声を掛けたりしないのに「よいしょ」と一斉に声が上がる。みんなで力を合わせて一つの餅をつきあげ、みんなでおいしく食べる。給食とは全く違った体験になる。そして国語でも学習する中に「もちつき」が出てくるのだが、教科書だけではなく実際に自分たちでもちをつく事で、物語の世界が広がりを見せてくれるのは誰でも想像がつくはずだ。

「なわとび集会」・・・自分が決めたなわとびの種目(二重飛びや交差飛び等)を、決められた時間内で何回飛べるかを記録するもの。体育の授業などで練習してきた成果を、この集会でみんなの前で実践するのだけど、練習ではあまりできなかったものが、この集会では異様に力を発揮できたりする事もあるのだ。授業とは違う雰囲気の中で、自分の持つ記録に挑戦するものです。

これらの行事のどこが「教育課程と関連が無い」のでしょうか?

発表の場は、国語でもあるし社会でもあり、理科でも家庭科でも道徳でもある。

人に対してわかりやすく話をする力、人の話を聞き理解する力、人の話を聞いて感じる心などなど、文科省も重要だと言ってる能力を育てるのに、一番必要な教育の場だと思うのです。(教頭は完全否定したが。。。)

いろんな教科が含まれる応用力も必要な、社会で通用する人材育成の実践的な場になっている。

田舎の小規模校は都会の大規模校とは違って、こうした行事が出来るチャンスがあるのに、都会の大規模校と同じような教育をするってのは間違っているんじゃないかな。

そして学習指導要領にはこう書いてある

☆「児童の人間として調和のとれた育成を目指し,地域や学校の実態及び児童の心身の発達の段階や特性を十分考慮して,適切な教育課程を編成するものとし,これらに掲げる目標を達成するよう教育を行うものとする。」

地域の実態も十分考慮に入れ、児童の人間として調和のとれた育成を目指して、教育を行うって事が初めに書かれている。

食糧基地の美瑛に於いて食育はとても大事であり、都会と違って人と人とのつながりも強くなければ厳しい自然環境の中での暮らしは大変なものになってしまうので、こうした行事の意味ってとっても重要に思うのです

教頭はこうも続けました。授業時数が足りなくなるので、行事をしている余裕が無いと…

で、調べました。文科省はじめ他の都道府県の考えはどうなのかを。

授業時数(各教科の決められた時間数)については、「標準」の時数は決められていますが、必ずその時数をこなさなければならないわけではなく、「災害や流行性疾患による学級閉鎖等の不測の事態により当該授業時数を下回った場合、その確保に努力することは当然であるが、下回ったことのみをもって学校教育法施行規則第51条及び別表第1に反するものとはしない。」と書かれている。(ソースはこちら他)

計画段階ではきちんと時間割(各教科の時間数)を決めるのは当然だが、学級閉鎖や異常気象で仕方なく休みになった場合には、仕方無いねで済む話なのだ。

何が何でも国の決めた時間数をこなさなきゃいけないって事じゃない

だから計画段階で、余分な時間を考えて入れる必要は無いのです。

今子どもたちに必要なのは机上の勉強ばかりじゃない事は研究されてわかっているのに、何故勉強ばかりさせたがるのでしょうか(教師は楽でしょうね、決められた事だけをすればいい教育の方が。)

「ゆとり教育」が間違っていたと言われていますが、「ゆとり教育」が間違っていたのではなく、ゆとり教育をする社会の体制が整わなかった為に、子どもたちが放置された事にも問題があるのに、なぜ問題点を指摘し続けないのか。

小学校時代は、机上の勉強はそこそこに、身体を思いっきり動かし外でいろんな体験をした方が、その後の成長には良い影響がある事は既に知られているのだ。

文部科学省も、教育委員会も、もっと賢くならなきゃいけない。いや、文科省も知っていてやっているのは、HP見ればわかる。

それとも、子どもには馬鹿になってもらって、戦争に進んで参加できるような人材を育てたいのかもしれない

子どもたちが賢くなると、困る人は沢山居るでしょうから・・・

現行学習指導要領

勉強いっぱいやったから頭が良い訳じゃないの結果はこちら

田舎には、田舎なりの教育がある。地域の特性を生かした、都会では真似したくても出来ない教育が出来る。

学校のトップに立つ校長や教頭は、国に逆らってでも(ちょっと過激?)児童の為に生きた教育を推進する義務がある。

「校長が変わったら、学校が良くなった」なんて話を聞くことがあるが・・・今回はどうだろね

児童の為に、生きた教育をし続けてもらいたい

この国の未来は、子どもたちにかかっているのだから


ちなみに小生、学童保育所の指導員をちょっとやってましたし、山村留学施設のお手伝いもちょっとやってました。健全な子どもの育成の為の教育には、ちとウルサイ性格です

毎度毎度の長文ですみません。最後まで読んでくれて、ありがとうございます
関連記事
にほんブログ村 写真ブログ 写真家へ
↑「ブログ村」というブログ紹介サイトのランキングに参加しています。このブログが「良い」と思ってくださったら、クリックしてくれると嬉しいです(*^_^*)
<
プロフィール

豊瀬 恒介

Author:豊瀬 恒介
ご訪問くださり、ありがとうございます!本職は写真家ですが、自家製天然酵母のパンを焼いたり、木工品を作ったり、自然栽培(無農薬・無化学肥料・草生栽培)で野菜を育てたりしています。人生楽しく生きましょう!

掲載写真・文章等の著作権・版権・使用権等作品に附随する全ての権利は豊瀬恒介にあります。無断使用・無断転載は厳禁です。

掲載作品の販売もいたします。お問い合わせ下さい。

ブログ翻訳
ご意見お願いします
リンク
最近の記事
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリー
FC2カウンター
オンラインカウンター
現在の閲覧者数:
地域カウンター

ジオターゲティング
応援よろしく!


FC2ブログのランキングに参加しています。クリックしてもらえると、このブログがたくさんの人に読んでもらえるようになります。^^
にほんブログ村 写真ブログ 写真家へ
にほんブログ村←「ブログ村」というブログ紹介サイトのランキングに参加しています。このブログが「良い」と思ってくださったら、一日ワンクリックお願いします。いろんなブログが探せますよ。
拍手する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

なかのひと
こけのオススメ







 







お買い物はこちら




こよみ



北海道-網走
提供:釣り情報フィッシングラボ

ブログ内検索
メールはこちら

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSフィード
Twitter